現代中国人による諸葛亮評価

移動しました。 ※現代政治話あり。中国大陸から閲覧している方はクリックしないようお気を付けください。 ⇒ 諸葛亮は、現代中国人(若い世代)にはどう思われているか?

正史『諸葛亮伝』2 少年期~青年期

本文訳 (養父の)諸葛玄が死ぬと、亮は農作をして自給自足で暮らした。※1 この頃、亮は『梁父の吟(りょうほのぎん)』という歌を好んで歌っていた。※2 亮の身長は八尺(184センチ)※3、つねに自分を管仲・楽毅※4 になぞらえていたが、当時彼の周囲にいた人々は認めなかっ...

正史『武帝紀(曹操)』1 生まれ~少年期

本文訳 太祖武皇帝(曹操のこと)は、沛国譙県(現在の安徽省亳州市譙城区)の人である。姓は曹(そう)、諱(いみな)は操(そう)、字(あざな)は孟徳(もうとく)という。 (曹家は)漢で相国を勤めた参の子孫。桓帝の時代に(曹操の祖父に当たる)曹騰は中常侍・大長秋となり、費亭候に...

正史『諸葛亮伝』1 生まれ、幼少期

本文訳 諸葛亮(しょかつ・りょう)は字(あざな)を孔明(こうめい)といい、(徐州の)琅邪郡陽都(ろうやぐんようと)の人で、漢の時代(前漢)に司隷校尉となった諸葛豊(しょかつ・ほう)の子孫である。 父は名を珪といい、字は君貢、後漢の末期に太山郡の丞を勤めた。珪は亮が幼いと...