目次

ご案内

三国時代の正統な史書とされる陳寿著『三国志(三国書)』を、現代日本語でわかりやすく訳しネット上に公開していく試みです。どこまで翻訳できるか分かりませんが、少しずつ上げていきます。気長にお付き合いください。 インターネット上での閲覧は自由、永久無料。 (引用については下記参照...

劉備 蜀志

正史『先主伝(劉備伝)』 4 劉備、徐州を受ける

本文訳 袁紹が公孫瓚を攻めたとき、先主(劉備)は田櫂と東へ進出し斉の地に駐屯したが、曹公(曹操)が徐州を制圧。徐州の牧である陶謙は使いを出して田櫂に危急を告げた。田櫂は先主とともに陶謙の救援へ向かった。 このとき先主が率いていた兵は、私兵数千あまり、幽州の烏丸(うがん)...

曹操 魏志

正史『武帝紀(曹操)』2 二十歳で出世、本領発揮

本文訳  二十歳にして考廉で挙げられ(出世コースに乗り)、郎(官吏見習い)となった。※1 洛陽北部の尉(警察部長)に任命された後、頓丘の令として昇進したが、中央に戻され議郎(高官)の地位を拝した。 光和の末(光和7年)、黄巾乱が起きた。 騎都尉(近衛)の命を拝して潁...

現代 諸葛亮 世間話

諸葛亮は、現代中国人(一般人)にはどう思われているか?

 中国在住の方より、現代人の諸葛亮評価について情報をいただきました。ここにご報告致します。 本題の前に現状解説から。 →前置きを飛ばして本題、「現代中国人の評価」へ飛ぶ 日本における諸葛亮評 昨今の日本ではアンチの悪口の的となり、極めて低い評価で語られている諸葛...

諸葛亮 蜀志

正史『諸葛亮伝』2 少年期~青年期

本文訳 (養父の)諸葛玄が死ぬと、亮は農作をして自給自足で暮らした。※1 この頃、亮は『梁父の吟(りょうほのぎん)』という歌を好んで歌っていた。※2 亮の身長は八尺(184センチ)※3、つねに自分を管仲・楽毅※4 になぞらえていたが、当時彼の周囲にいた人々は認めなかっ...

曹操 魏志

正史『武帝紀(曹操)』1 生まれ~少年期

本文訳 太祖武皇帝(曹操のこと)は、沛国譙県(現在の安徽省亳州市譙城区)の人である。姓は曹(そう)、諱(いみな)は操(そう)、字(あざな)は孟徳(もうとく)という。 (曹家は)漢で相国を勤めた参の子孫。桓帝の時代に(曹操の祖父に当たる)曹騰は中常侍・大長秋となり、費亭候に...

諸葛亮 蜀志

正史『諸葛亮伝』1 生まれ、幼少期

本文訳 諸葛亮(しょかつ・りょう)は字(あざな)を孔明(こうめい)といい、(徐州の)琅邪郡陽都(ろうやぐんようと)の人で、漢の時代(前漢)に司隷校尉となった諸葛豊(しょかつ・ほう)の子孫である。 父は名を珪といい、字は君貢、後漢の末期に太山郡の丞を勤めた。珪は亮が幼いと...